3.全方向球面ディスプレイ



球面ディスプレイの拡張

球面ディスプレイを全天周型に拡張する場合、最もシンプルな方法は、拡張する立体角に応じてプロジェクタとスクリーンを用意することになる。しかし全天周に背面投射をすると、バックヤードの問題から莫大な空間的コストを必要とすることは明らかで、運用の面で現実的でない。球面ディスプレイにおける背面投射と前面投射の問題については2節で議論済であるが。ここではもう一度前面投射による投影方法を振り返って、これを改善する形で設計していくことにする。

前面投射における球面ディスプレイの問題点は、投射光が観察者によって遮られること、それから光源と観察者の理想的な位置が曲率の中央付近にあり、観察者の物理的な位置を拘束することである。プラネタリウムなどのドーム型スクリーンに対して映像を投影する場合は、光源をドームの中心に配置し、観察者はドームの床面から映像を仰ぐ形になる。あるいはVIRTUARIUMのように複数光源を用意する場合は、ドームの下辺から中心に向かって投影し、対角線上に結像した映像を中心から仰いで見ることになる。これらは半球に投影することを目的としているが、これを半球以上に拡張すると、先述の問題が再び浮上してくる。すなわち、中心付近に超広角レンズや複数台の投影装置を設置し周囲に投影すると、観察位置を確保できず、配置の問題が生じるわけである。

では中心付近に投影装置を配置せず、投影光線の損失を最も少なくできる配置はどのようになるか考えてみると、おおむね図1のようになるだろう。観察者上方の領域は、光源がスクリーンを遮る部分、あるいは光を通すための穴を意味し、観察者下方の領域は観察者自身による影を意味している。観察者の直上と真下を除く全ての領域を完全に覆うことが可能となる。

図1:光源と観察者の理想的な配置

この理想的な配置に基づいてプロジェクタ等の光源を配置すると、図2のようになろう。

図2:プロジェクタの配置

この図から見ても明らかなように、球面に結像させるためには大きな焦点深度を持ち、短い焦点距離、広い画角を持つ光源が必要となってくる。プロジェクタは本来の目的から平面に結像する構造になっているため、球面の内側全てに結像するほど焦点深度を持っていない。結果として、球面ディスプレイの広範囲に前面投射する場合、求められる光源は以下の条件を満たすことが必要となる。

この条件を満たすためには、投影専用の超広角レンズを設計することになる。レンズ系設計には莫大なコストや時間を要し、しかも汎用性を損なうため、本研究では別の手段を模索し凸面鏡の性質に着目している。プロジェクタ等の光束を凸面鏡に反射させると光束が拡がり、同時に凸面の曲率と配置を適切にとると、光束の焦点深度が非常に大きくなる性質である。

凸面鏡を図2における光源付近、すなわち球の上部に持ってくると、映像が周囲に広がりつつ焦点深度の大きい映像が得られるため、前記の条件において好都合となる。実際にプロジェクタは下方から映像を投影することになるが、観察位置とプロジェクタが干渉する恐れがある。そこで図3のようにプロジェクタ映像を平面鏡で反射させると、プロジェクタの位置を気にせずに理想的な観察位置を確保することができる。

図3:全方向球面ディスプレイ



全方向球面ディスプレイの設計手法

凸面鏡を利用して映像を拡散する場合、スクリーンの所定の位置に結像させるには、その配置関係や凸面鏡の曲率などの諸パラメータを定めなければならない。このパラメータを決定するために、プロジェクタや凸面鏡の光学系モデルを計算機上で近似的にシミュレートし、設計に用いるための手法について述べていく。

(1)プロジェクタの結像
プロジェクタが放つ光の挙動を厳密に調べるには、プロジェクタの光源からプロジェクタのレンズ群による光の挙動を追跡し、光束の出力状態を導くことになる。射出レンズからの光束はレンズ設計者の意図した位置、つまり平面に結像し、その収差も実用上問題のない小さなものであると考えられる。そこで、プロジェクタから投影される映像は理想的な結像をしていると仮定すると、射出レンズから出る光束の挙動は図4のようなモデルで表わすことができる。

図4:プロジェクタの結像


レンズから射出される光束は、プロジェクタの内部光学系を知らなくても、焦点距離$F$、レンズの有効径φ、水平画角θh、及び垂直画角θvを調べるだけで、空間的な挙動を表わすことができる。このようにプロジェクタの光束の近似モデルを作成することによって、光線追跡への応用が容易となる。

(2) 凸面鏡の反射による結像と収差
ではプロジェクタの投影光が凸面鏡に当たるとどうなるかを考えてみる。プロジェクタと結像する点との間に、半径Rの球面をもつ凸面鏡を中心が光軸上にあるように置くと、図5のようになる。

図5:凸面鏡による反射

本来Pで結像する点は凸面鏡によってP'に結像することになる。また、凸面鏡の曲率中心が焦点距離より奥にある(L>F)と、反射によって光束の開きの角度が小さくなるため、焦点深度が大きくなる。収差について調べてみると、屈折がないため色収差は発生しないことになる。しかし結像点が光軸から離れる(点Q)か曲率中心が光軸からずれると、単色収差が生じる。
したがって、曲率中心への距離Lや曲率半径Rを適切にとり、最も収差の小さい状態を模索する必要がでてくる。

(3)結像評価
収差や結像を評価するには、プロジェクタの結像面上の各点に対して、レンズ面から出力される全光束について、レンズ面からスクリーンまでの光線追跡をしなければならない。図6はある結像点に向かってレンズ面から出る光束の挙動について示している。光束がスクリーンにぶつかるとき1点で結ぶのが望ましいが、前節で述べたように凸面鏡から反射すると収差が発生する。これを観察するには、レンズ面からでる光束群を光線追跡し、最終的にスクリーンに投影された錯乱円の状態を調べればよい。レンズ面全てについて調べることは膨大な計算量につながるので、レンズの特徴点を利用することになる。
実際の光学計算における像評価では、レンズのFナンバーや実際に何本かの光線を追跡して定めた特徴点を用いている。
しかしプロジェクタ内部の光学系が不明瞭なことから、ここでは射出瞳が最も大きく見積られた場合、すなわちレンズの径の大きさを利用する。レンズの中心Mを通る主光線と、レンズ端(A,B,C及びD)を光束の特徴点として用いると、光線追跡の結果としてスクリーンに十字(A'-B',C'-D')及びM'が出来ることになり、この位置と大きさが結像の状態を示す目安となる。この十字が小さく、M'の同心円上にあるほど理想の結像状態に近いことになる。

図6:光線追跡


実際の設計計算

これまで述べてきた光学系の知見に基づいて、実測値による光線追跡シミュレーションをおこない、実機の設計を図った。プロジェクタの光学的な仕様、鏡やスクリーンの配置関係や曲率がわかると、光線追跡が可能となり結像位置や状態を決めることができる。しかし、結像位置などから鏡の配置や曲率などを逆計算することは極めて難しい。また曲率や鏡の大きさなどの物理的制約や、光路上の障害物による干渉などの要因から、数式による算出はさらに見通しの悪いものとなる。そこで、物理的制約などによる境界条件を設定し、未知数である鏡の配置や曲率を仮定しながら、もっとも結像状態のよい場合を評価して決めていくことにしている。

(1)プロジェクタ光束モデルの設定
本研究で使用したプロジェクタは全周に拡散呈示するためにSXGAやHi-Vision表示に対応し,開発時点で最も輝度の高いDLA-G10(Victor)である。プロジェクタからの光束の挙動を調べるため、実機より測定したものを用いた(表1)

表1:DLA-G10の光学仕様(実測値)


このプロジェクタには鉛直方向にあおり角があり、台形歪みの補正機能が備わっていないため、上下方向の対称性が損なわれてしまう。そこで見かけ上のあおりをなくすために、プロジェクタをピッチ回転下向きに0.132[rad]回転して画角の中心に新たな光軸を設定している。

(2)配置関係と境界条件
次に光線追跡で必要となる鏡やスクリーンの配置について幾何的に定める。各パラメータを図\ref{fig:kyumen-sekkei}のようにとると、5つのパラメータで平面、球面を2次関数などによって表現することができ、光線の挙動を定めることができる。なお、観察者の視点はスクリーンの中心にあるものとし、原点を射出レンズの中心、光軸をx軸、プロジェクタのあおり方向をy軸、紙面手前方向をz軸とする。

図7:光学設計のためのパラメータ


これらの未知数は、物理的な配置条件や加工上の制約などによって拘束を受けることになる。
主な境界条件は、

1.プロジェクタと凸面鏡が干渉しないためにL_c < R_c、
2.平面鏡と観察者の干渉しないためにL_m <= L_s、
3.焦点深度を大きくするためにF < 2L_m+L_c/、
4.スクリーン加工上の制約よりR_s = 1050[mm]

である。この境界条件の下で未知数L_m,L_c,R_c,L_sの4つを設定すると、光線追跡の準備が整うことになる。

(3)光線追跡
光線の追跡にはスネルの法則に基づいておこない、平面鏡の反射、凸面鏡の反射を経てスクリーンへの結像までを幾何学的に算出する。プロジェクタの光束モデルと境界条件下の未知パラメータを利用すると、結像の状態が定まる。x-y平面で対称となるので、光線追跡すべき結像点は半分になる。しかし結像点に対し5つのレンズ特徴点に関する光線追跡をおこなわなければならず、設定すべき未知パラメータは4つあるので、未知パラメータを境界条件だけで拘束しながら計算しても膨大な時間を必要とすることになる。

そこで未知パラメータの大まかな推測と光線追跡の結果表示を目的として、光線追跡のシミュレーションプログラム(図8:Virtual Projector)を作成した。図は完成形(表2)による光線追跡の結果を表示している様子である。結像状態を表す十字が球上に表示されることになるが、この図では最も結像状態のよい解を表示しているため十字が点となって表示されている。各パラメータを変更しながら結像状態や表示位置などを目視で確認することができるので、未知パラメータの大まかな組み合わせ範囲を探すことができる。

図8:バーチャルプロジェクタ


(4)結像の評価
バーチャルプロジェクタによって得た未知パラメータの範囲によって、総当たりの光線追跡計算をおこなった。結果の評価は、結像状態を示す十字の大きさ、有効画素、視点から見たときの仰角と俯角、主光線の結像位置を対象にした。

結像状態を示す十字はレンズ特徴点による光線追跡の結果から得られる。このとき、主光線の結像位置が十字の内部にあることを確認しておく。レンズ有効径を大きく見積もっているため、実際より大きめに算出される。計算の結果、最も小さくなったのは1点あたりの十字の辺の長さが平均で5.38[mm]であった。

一方、画素を最も有効に利用している状態というのは、スクリーン下部の映像が出ない無駄な領域が原画面上で小さくなる場合である。この領域は、凸面鏡の中心を貫通する穴の内径と平面鏡の外径が決まると、干渉チェックによって決まる。凸面鏡の内径と平面鏡の外径は最外周(スクリーン上部に結像)の光束が通過、反射できるように優先して決められる。計算の結果、映像の出ない部分が最も小さくなるのは原画面上の縦(直径)5に対して中空の径1であった。これは元画像の垂直解像度が1024[pixel]のとき、スクリーン経線上の解像度が410[pixel]になることに相当する。

一方、仰角や俯角は視線よりそれぞれ50度以上ある場合で算出すると、最大で計120度程度まで大きくできることがわかった。

これらの結果はすべて同時に満たされるわけではないので、このより評価基準を緩くしながら画素数を優先して選定した。
この時の評価と選定されたパラメータは表2のようである。

表2:選定されたパラメータ


(5)照度分布シミュレーション

これらのパラメータによって、球面スクリーンが製作されることになるが、こうした映像を拡散投影する場合、映像の明るさが深刻な問題となる。そこで、バーチャルプロジェクタによって球面スクリーン上で画像を結像させた場合の照度分布シミュレーションをおこなっている。

シミュレーションの方法は次の通りである。プロジェクタの光量を平面上で格子に分割し、その単位格子あたりの光束量を求める。その単位格子が平面鏡、凸面鏡を経てスクリーンに結像するときの面積を算出する。単位格子は4点で定まるので、4点の結像位置を求め、その4点が構成する2つの3角形の面積の和を計算することになる。単位格子の結像面積が求まれば、単位面積あたりに照射される光束量、すなわち照度が算出される。

このような手順で算出された照度分布は、図9のようである。なお、プロジェクタの全光束量は1000[lm]であり、この図の格子の分割数は緯線方向に50分割、経線方向に100分割である。紙面向かって右方向がプロジェクタのあおり方向(上方向)で、紙面鉛直方向に対して対称な分布となる。スクリーンの上方に比べ、下方では明るさが約半分程度になっている。なお本シミュレーションでは、鏡の反射による減衰や、プロジェクタの投影光量の不均一性については考慮に入れていない。

図9:シミュレーションによる照度分布


試作機の性能

設計に基づいて試作した没入型ディスプレイは、球面スクリーン、プロジェクタ、架台、凸面鏡、平面鏡より構成されている。

球面スクリーンの直径は2.1[m]で、垂直角は仰角、俯角あわせて125度と大きめにつくってある。材質は発泡スチロールの削り出しによるもので、メンテナンス性を高めるために全体を8分割することができる。図10は8つのうちの1ユニットをはずして、内部が見える状態にしたもの,図11は同様に2ユニットをはずし,内部に力覚ディスプレイを配置したものである。投影面側は、投影光線の反射を押さえるため発泡剤0.1%を塗布しており、スクリーンゲインは0.47である。架台を含めた占有容積は2.4(W)[m]x2.4(D)[m]x3.3(H)[m]で、天井がやや高め部屋に設置することができる。プロジェクタは前出のDLA-G10で、全周に拡散呈示するためにSXGAやHi-Vision表示に対応したものを用いている。凸面鏡はアルミ合金を削り出しの後メッキ加工したもので、架台に固定されている。また平面鏡は通常のガラス鏡で、光線を遮らないようにテグスで吊り下げられている。

図10:試作した全方向球面没入型ディスプレイ(1/8球を取り外した状態)

図11:全方向球面ディスプレイ外観(1/4球を取り外した状態)

他の写真

本ディスプレイが映像を照射した場合の結像状態について調べた。結像の位置については、表2の仰角や俯角を得られることがわかった。結像の状態を定量的に示すことは困難であるため、1画素の大きさを測定し本来表示される画素の大きさと比較することにしている。測定箇所はあおり角の影響を平均的に受ける部分で、図7におけるx-y平面上のスクリーン上の点である。測定値と設計された理論上の画素の大きさを表3に示す。ここでの測定値とは、1画素がスクリーン上に表示された時の大きさである。範囲で記入されているのは、原形をとどめている画素の大きさと周囲に広がった光の大きさを意味している。
また理論値とは画素の分布(図14)から算出したものである。理論値から測定値を引いたものが、結像の誤差や凸面鏡の拡散などの要因によって発生したものとなる。表2の十字の長さ、つまり結像の誤差と比較すると、設計値より小さいことがわかる。これはレンズの有効径を大きめに見積もっているために生じているものである。結像の状態を評価して得られた設計値はおおむね妥当であると考えられる。

表3:全方向球面ディスプレイの表示画素の大きさ


なお、主観的に映像を観察した場合スクリーンの最下点付近では画素の輪郭まで弁別される。水平付近においても画素の周囲へ拡散する光量が少ないため、画素の判別ができる程度である。仰角40度付近から経線方向への拡散が顕著になり、場所によっては画素の原型をとどめないところもでてくる。したがって、本ディスプレイでは画面上方に文字などの表示要素の小さな情報を出力することは難しい。

次に本ディスプレイが映像を照射した場合の照度分布は、図12である。この測定では、スクリーン上に10[cm]角の白い正方形をプロジェクタで照射していき、そこに光電池式照度計(SANWA LX-3131)のセンサをスクリーン面法線方向に置いて計測している。左右対称となる半球分について経線、緯線を10度おきにとり、その位置に10[cm]角の白い正方形をプロジェクタで投影していく。その位置に光電池式照度計(SANWA LX-3131)のセンサをスクリーン面法線方向に向けることで、照度を測定している。図の右方向が画面の上方向(あおり方向)に相当し、照度は20〜35[lx]の範囲に分布していることがわかった。照度のばらつきに関しては、スクリーンに均一な映像を投影しても、明るさのムラは感じられない程度である。

また明るさについては、球面ディスプレイの設置環境を暗くすることでコントラストを確保し、実用上問題なく呈示をおこなうことができる。なお、理論値による照度分布(図9)と比較すると、約半分の光量が失われていることになる。これは反射鏡表面における減衰が大きいためと考えられる。また、シミュレーションでは照度が上下で2倍程度ばらついていたが、実測ではほとんど観察されなかった。プロジェクタは、一般に映像の周辺になるほど光量が減るといった投影性能を持っていることに起因しているものと思われる。

図12:スクリーン上の照度分布



ソフトウエアによる歪み映像生成

この球面ディスプレイに映像を投影するには、あらかじめドーナツ状に歪ませた映像をプロジェクタに入力しなければならない。ここではテクスチャマッピングの技法を応用し、所定の位置の画像を貼付けることによって補正をおこなっている。
水平角θの映像を補正する場合の様子を図13に示す。補正処理は以下のような手順でおこなわれる。

図13:視野角θの映像の球面歪み補正

(1)映像を全天周分フレームバッファに格納する
まず最初に、図13の球殻部分の映像を全天周分描画する。全方向を分割するとき、スクリーンの半径や仰角、俯角がきまると、視野の大きさは幾何学的に算出でき、図の網目部分のところに映像を射影された画像を生成することができる。

(2)テクスチャの切り出し
次に描画された映像から、所定の位置で切り出すための準備をおこなう。球面上の領域Aに対応する画像上のA'の部分を算出することに相当する。扇上の各領域A''に対するAの位置関係はスクリーンの光学設計時に算出されており、図14のようになる。ここでのθ1はプロジェクタの主光線(中心軸)に対する画角(扇形の放射方向に相当)で、θ2はスクリーンの緯度を表している。

図14:角度の対応テーブル


スクリーンの緯度と水平角がわかるとAの位置が定まり、その座標を画像上に射影することによってA'の空間座標が求まるというわけである。なお、網目の部分はテクスチャとして扱われるため、(1)の視野の大きさからテクスチャ座標を算出する必要がある。

(3)テクスチャを所定の位置にはりつけていく
最後の段階で、切り出されたテクスチャを扇形の所定の位置に貼付けていく。中心角は(2)で用いた水平角に対応し、母線の長さは(2)で参照した図14のとおりθ1から算出できる。テクスチャの切り出し点と貼付け点が定まると、テクスチャマッピングを実行することができる。この作業を複数方向の映像に対して同様におこなうと、継ぎ目のない全周分の映像が完成する。なお、プロジェクタのあおり角による台形ひずみをキャンセルするには、プロジェクタのあおりがある状態で視野を定義する必要がある。

実際にプロジェクタから投影される映像は、図15左側の視野映像に対して右のようになる。これは観察者が格子模様の立方体の中にいる時の映像で、全周を4分割したときの視野がA〜Dに対応している。なお、描画にOnyx(i-station,IP25)を利用した場合の描画速度は、この図のような映像の場合で15[Hz]、純粋に補正に要する時間は約50[ms]である。


図14:テクスチャの原画と最終出力画像



楕円鏡による歪み映像生成

球面ディスプレイ用の映像を生成する方法として、計算機によるソフトウエア補正のほかに、撮影時に歪ませてしまう方法がある。曲面鏡によって反射される映像をハイビジョンカメラ等で撮影すると、一系統の映像を全方向に呈示できることになり、撮影時の構成が非常にシンプルなものとなるほか、映像の継ぎ目の心配をしなくてもよいことになる。ここで留意しなければならないのは、投影における光学系をそのまま撮像に転用できないということである。これは、投光における光線の方向と、集光における光線方向が異なることに起因している。

一般に2次曲面を用いた撮像系は、口径の大きな反射式の望遠鏡などで用いられており、光線を多く集める目的で用いられている。VRに積極的に利用している例としては、回転双曲面ミラーをカメラの鉛直上に配置し、結果として全方位の映像を取得することができるHyperOmniVision[11]がある。双曲面鏡は焦点に向かってくる光束を別の焦点に結ぶという、撮像に理想的な性質をもっている。この性質を利用して、本球面スクリーンの光学系に適合するような回転双曲面の算出を試みた。プロジェクタ画角とスクリーン画角の対応関係(図13)を用いて光線追跡計算をおこなったところ、双曲面鏡ではスクリーンの垂直視野角をカバーすることができないことがわかった。

そこで一般的な2次曲面を定義し、撮像時と投影時の誤差が最も小さくなるように近似面を算出した。双曲面と異なる点は、スクリーン上の誤差のほかに方向に関する誤差が生じることで、この方向余弦を小さくするという条件が加わることになる。

算出の方法は、x-y平面上での反射点を2点与え、その2点の位置と傾きを境界条件とし、残りの点によって誤差修正をしながら近似曲面を導出するものである。最初に与える2点はカメラの画角、焦点距離、焦点深度を満たしておく必要がある。図16は、x-y平面上のy正方向におけるスクリーン上下端を境界条件として近似曲面を導出した結果である。この回転楕円体は短軸長134[mm]、長軸長192[mm]である楕円を長軸まわりに回転した立体で、さらに図におけるz軸に1.78度傾けたものである。

図15:近似曲面とそれによる誤差


この回転楕円体を用いるとき、撮影時と投影時との誤差が大きくなるところは、境界条件から離れたところに位置するスクリーン上部の縁の部分で、スクリーン上での誤差が180[mm]、方向に関する誤差が16度であった。

図16:実写映像の撮像系



図17:撮影された実画像


この結果に基づいて回転楕円体鏡を作成し、ハイビジョンカメラと組み合わせた撮像系を図16に示す。この装置によって撮像した映像(図17)を球面ディスプレイに投影したところ、スクリーン上縁の映像に関しては歪みが大きいが、それ以外の部分では不自然さは感じられず、呈示上大きな影響を与えないことがわかった。しかし非常に広範囲の映像を反射するため、撮影範囲に極端に明るい物体があると周囲が露光不足のため暗くなったり、ハレーションをおこすといった問題が生じた。


Virtual Projectorを用いた他の構成例

全方向球面ディスプレイでは1系統の映像を全方向に呈示しているため、解像度の点で必然的に問題が生じてくる。そこで現在利用できるプロジェクタを活用し、視野の前方に画素を集めて解像度の問題を解決しようと試みた.視野の前方に画素を集めるとは,映像を半球状に配したドーム型没入ディスプレイである.本装置の設計方法はこれまで述べてきた方法と同じであり,この設計手法は、図3で示される構成以外にも適用できるような一般性があることを示している.

作成された配置関係は図18で、そのときの仕様は表4となっている。この構成において映像を表示するためには、必然的に補正映像が必要となってくる。先にで述べた方法を利用して、補正テーブル及び撮像系も同時に作成している。

図18:ドーム型スクリーンの側面図



表4:ドーム型スクリーンの仕様


なお、図18は半球型であるが、平面鏡の角度を変更してプロジェクタを頭上前方に配置すると、前後の対称性を確保することができる。図19の構成を2セット合体することによって全方向型に拡張することも可能となる(図19).

図19:拡張されたドーム型スクリーンの側面図


まとめ

本章では視覚呈示装置として、没入型ディスプレイに関する要素技術について述べてきた。菱形12面体ディスプレイ、背面投射球面ディスプレイと改良を重ね、最終的に凸面鏡の反射を用いた球面没入型ディスプレイを製作設計した。そこでは実際に光線追跡シミュレーションによって得た結果より試作機を作成し、さらに本ディスプレイに映像を投影するためのインフラを構築した。

このディスプレイの特徴は、凸面鏡を用いて映像を省スペースながら広い範囲に結ばせていることである。単純な機器構成にもかかわらず、全方向の映像を呈示することが可能になる。しかし、映像を拡散させると継ぎ目の問題がなくなる反面、解像度の上で問題が生じてくる。また映像を出力するためには、計算機による歪み補正や楕円鏡を用いて特別に生成しなければならない。こうした点は、従来の補正がいらない没入型ディスプレイと比較すると短所となり得ることを念頭におくべきである。

凸面鏡によって焦点深度が大きくなることは、映像表示面の形状や距離を選ばないことを意味している。例えば部屋の壁等に直接映像を投影することも可能である。したがって、没入型ディスプレイに限らず映像と現実の融合といった複合現実感の生成などに威力を発揮するものと考えられる。

なお、こうした没入型ディスプレイで両眼立体視を実現することは、距離感の生成という点で重要な意味を持つ。本研究では、全方向球面ディスプレイにおける両眼立体視の実現には至らなかった。本投影方式で立体視をおこなうためには、1.時分割に絶え得るプロジェクタを利用する、2.液晶プロジェクタを2台利用して左右の映像を分離する、といった方法が考えられる。左右の映像分離に際しては、映像が全方向へ拡散するという性質上、2A.円偏光を利用する、2B.プロジェクタのレンズ面と眼前に高速で同期反転するシャッタを置く、などの工夫が必要となる。なお実写映像の立体視化は、撮像装置の構造上2台のカメラによるキャプチャは原理的に不可能である。レンジファインダなどで映像の距離情報を抽出し、人工的に両眼視差を発生する仕組みが必要となる。


(橋本渉,博士論文「力覚と視覚を統合した情報呈示環境に関する研究」3章3節,2000年3月)
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